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千葉地方裁判所 平成元年(わ)933号 判決

主文

被告人は懲役一年に処する。

この裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、平成元年五月七日ころ、千葉県松戸市〈住所省略〉大衆割烹「○○」店内において、Aに対し、通話可能度数を約一九九八度に改ざんした日本電信電話株式会社作成にかかる通話可能度数五〇度のテレホンカード二三枚を、その旨を告げたうえ、九万二〇〇〇円で売り渡し、もって、行使の目的をもって変造有価証券を交付したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

本件のテレホンカードが有価証券に該当し、かつ、その変造されたものであることは明らかである。

もっとも、刑法には電磁的記録についての規定が設けられているものの、これは電磁的記録化されている文書内容について改ざんがあったとき、これが文書の改ざんとして処理しきれない場合に対応した規定であって、本件テレホンカードの場合、磁気記録部分を含むとはいえ、テレホンカード自体に、これがNTTのテレホンカードであって、(NTTの設置している)緑の電話(カード公衆電話)専用により一定度数の通話ができる旨の表示があるうえ、これを所持する者にとってカード裏面に記載されている用法に従った使用により財産上の権利としての通話を実現し得るもので、残通話可能度数も、その使用の際、これをその使用方法であるカード公衆電話機に挿入することによって、予め、ないし通話に応じて、順次かつ容易に視認し得るという、その権利性、外観及び流通性に照らせば、これが有価証券であることを否定できるものではなく、またテレホンカードが磁気記録部分を含むとの点についても、この部分といえども、内容を知りたいと思えば、前示の如き広く一般的で、かつ手軽な方法により視認し得るものであって、右部分を含むが故にカード全体を電磁的記録として扱わなければ対処できないというまでのものではない。

そして、本件において、被告人は、右の本来五〇度数のところ一九九八度数に変造されたテレホンカード二三枚(全三一枚のうちの回収できた分のみ)を一枚三〇〇〇円で取得した後、その情を知る他人に一枚四〇〇〇円で売り渡したが、右の際、その者がこれらを更に変造カード希望の者らに売り渡すものとわかっていたもので、しかもこれらのカードは、売買を重ねる間に、一九九八度数も通話できるのであればということで、一枚七〇〇〇円から中には一万円にもなって、最終の買受人の手に渡っているという状況にあり、このように変造されたテレホンカードが転々としたうえ最終買受人によって公衆電話機に使われることになるのであろうと考えつつ売り渡して交付したのであって、右の交付には行使の目的があるということができるが、この点につき更に検討する。

ところで、テレホンカードを購入した者は、NTTに対して、カードに表示された通話可能度数に相応する料金を既に支払ったことによって、右通話可能度数相当の通話をなし得る権利を取得するが、右の権利はテレホンカードに化体され、そこで、右権利の実現のためにはテレホンカードの使用が必要であり、その方法としてテレホンカードに記載されているように専用の電話機に右カードを挿入することになる。

一方NTTとしては、すでに料金の支払を受けているテレホンカードにつき、その所持する者に対して右料金に相応する通話を提供すべきものであり、その具体的な発現は、テレホンカードの所持者が専用の電話機に右カードを挿入するときであるが、しかしながら右以外の不正に作り出されたカードに対して終始これを拒否する意思であることは論をまたない。そして右の際、テレホンカードが真正なものか否かの判定は、到底いちいち人手によれる筋合のものではなく、これを公衆電話機自体によって対応せざるを得ないところから、右電話機自体に技術的な仕組みを入れ、電話機内の機構的操作によりその不正を排除するという方法で、挿入されたカード自体の形状、磁気部分の内容を内部機械の動作により検査し、右内部機械を動作させ得るものであれば料金の前払いされた真正なテレホンカードの所持者として扱い、通話の提供をするという構造にしてあったものである。

ところが、本件の変造テレホンカードでは、それまでNTTが考えておらず、それ故に専用の電話機にその機構的対応を講じるまでに至らなかったような磁気部分の改ざんが行われたもので、このような改ざんがなされることをNTTが予め知れば、当然にこれが使用による通話に応じないのに、残通話可能度数がカード上の表示を越えるような不正のテレホンカードを除外するための機構を専用の電話機に組み込むまでに至っていなかったことから、右の改ざんを検出することができないままに、本件の如き変造テレホンカードもまた真正なものであるとの誤まった対応をする状態におかれたところ、このような状態のなかで公衆電話機に変造のテレホンカードを挿入するということは、変造されたカードであることを検知するまでの能力のない公衆電話機をNTT(事業体の内部的には公衆電話部門の担当者)が設置しているのに乗じ、自らのテレホンカードをあたかも真正なものの如くに装って呈示し、表示された残通話可能度数内で通話の提供を受けようとするものであるということができる。

以上の次第に徴すると、NTT(ないしその公衆電話部門の担当者)が公衆電話機にテレホンカード検知のための機構を設けることにより、機械に託する形でカードが真正であるか否かを検知する方法をとっているのに対し、通話の提供を受けようとする者が、右電話機の機構上の検知能力を越える形で改ざんされたテレホンカードを右電話機に挿入してこれを作動させることは、電話機に託してテレホンカードを見分けようとしているNTT(ないしその公衆電話部門の担当者)に右の変造されたテレホンカードを電話機を通して真正なものの如くに呈示し、もってNTT(ないしその公衆電話部門の担当者)をして真正なカードとして取り扱わせる状態におくものということができ、然らば、このようなテレホンカードを専用の公衆電話機に挿入することをもって変造有価証券の行使に当るというに妨げはない。

右の場合、テレホンカード自体が電話機の機械部分を作動させるための、いわば道具として機能している外観のある面は否定できないとしても、前叙の如く公衆電話機の設置は電話事業体であるNTTの事業意思の発現であり、しかも右設置に当ってそのときの情勢に応じた不正使用防止の手だてを講じているなかで、テレホンカードにより右電話機を作動させるのであることに鑑みれば、テレホンカードの使用につき、通話者が電話機を通して右NTTに相対する関係にあるのを捨象し、いわゆる対人関係のない性質のもの、いわば単なる道具としてのみこれを捉えるのは当を得ないものといわざるを得ない。現代の経済構造では、ひと昔以前の人対人という直接の関係から、その事務をできるだけ機械に託した形で処理するという方向に進みつつあるなかで、なおも担当者が直接に応待するのでなければそこに人の意思を伴った関係の生じる余地がないかの如くにいうのは、人間の意思活動の範囲が様々な物理的機構を媒介にして拡大しつつある社会の実態にそぐわぬとの感を免れないものである。

なお付言するに、宿泊するホテルのフロントで宿泊代金支払後に受け取ったカードキーを使って、その割り当てられた部屋の錠をあけるという場合、宿泊の提供は特定の客に対するものであるから、カードキー自体が有価証券性を有せず、従ってこれをテレホンカードについてと同列に論じることはできない。また、単なるプラスチック板に電磁的記録物を貼付した、いわゆる白板カードは、これをテレホンカード用の電話機に挿入して通話できたとしても、それ自体が有価証券としての前示の如き外観に欠けるから、有価証券に関する罪にあたらないが、これを使用して不正に通話した分については電磁的記録の供用による不法利得罪に該当するもので、このことは、硬貨に似せて作ったメタル様のもので自動販売機から物品を取り出しても偽造通貨の行使にはあたらず、窃盗に問われるのみであるのと対比した形で考えることができ、この間に不都合な点は見出せない。そのほか、変造テレホンカードの電話機への挿入をもって有価証券の行使にあたるとしたうえで、その場合、相手方に対する直接の呈示はなく、この限りでテレホンカードの外観性が問題にならなくなるとの考えのもとに、前示の白板カードもまた有価証券とならざるを得なくなるかの如くにいう論もあるが、これは少なくとも変造テレホンカードの成立とその行使、右行使によって生じる結果を峻別していない嫌いがあり、左袒できない。

(法令の適用)

判示所為は刑法一六三条一項に該当するので、その所定刑期範囲内で、被告人を懲役一年に処し、被告人がその不法利得中から贖罪寄附していることをも斟酌のうえ、同法二五条一項により二年間右刑の執行を猶予する。

(裁判官 渡邉一弘)

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